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進学関連ハプニング 2013年編

2014.03.11 13:47|進学関連

研究員は2013年3月に修士号を取得
昆虫食で研究科の最優秀賞をいただき、博士課程への進学を打診されたのだが、


6年間、喧嘩しながらも、温かく見守ってくれていた先生がご退職される

どうせPh.Dとるなら、海外がいいな~と

①英語もうまくなりたいし(話すほうでも、書くほうでも)、きっと日本にいたらうまくならないだろう!と
*学部時代の半年間の留学経験により、国外で学んだほうが上達が早いと実感したため。

②フィールドはアジア中心なんだから、現地にいたほうが何かと便利じゃない!と
*現地の動きに即座に対応できるって絶対必要だと思う。農家さんとのコネクションや、企業とのコネクションもできるし、

③長期留学をしてみたいと思っていたし(目論んでいた←これが最も的確な表現だと思う)、それができるのは、この機を逃して他にない。と私の直感が告げた!

上記の理由から、
学部、修士課程でお世話になった母校から離れる決心をしたわけです。


しかし、その後が(今もだけど)ハプニングの連続で、文系の私が

学問として確立しているといえない「昆虫食関連」の分野で、研究続けることの厳しさを
突きつけられる日々が続くわけです。



以下簡単な経緯


2013年2月
卒業決定し、都内から実家(茨城)に引っ越しをすませ、


タイへ渡航。Khon Kaen 大学の某Y先生にPH.Dで面倒見てください!ぜひ先生の基で勉強させてくださいと、直談判しに行く。Y先生は快くOK。

研究員「うわ~簡単に決まっちゃった!受け入れてもらえるなんて!よかった~!!!」

先生との話し合いで、入学は第二セメスター(タイでは11月はじまり)ということになり、それまではバイトでもして学費稼ごう!ということになる。


2013年3月
進路も決まった!ので心置きなく修了式を迎える。
バイト先は、母校の先生の紹介でつくば市内の研究所に勤務できることに。

2013年5月
研究所バイト開始。自分の研究と全く関係のない部署。むしろ文系の私では到底理解できない内容を研究している部署で、英文資料を日本語に翻訳する作業と、膨大な文献の整理が私の仕事となる。

Application:必要な書類を申請を始める。2人の先生に推薦書をお願いする。


2013年7月
バイトにようやく慣れる。
Application:2通必要な推薦書のうち1通しか届かない(もう一人の先生が忙しさのあまり、完全に忘れていたというハプニング)

2013年8月後半
Application:再三の請求で、推薦書が揃う。

2013年9月
Application:ようやく送付完了。大学から「願書届きました、これから審査します」と連絡

2013年10月
バイト終了。
Application:大学から「会議で、学部長がY先生のもとで勉強することにNGを出した」と連絡がくる。
研究員「はぁ?何で?Y先生受け入れてくれるって言ったのに?」

絶望に打ちひしがれる。1週間落ち込んだ。
今だから言えるけど、3日間ぐらい悔しくて泣いた。NGを出された理由に納得いかなくて、悔しくて仕方なかった。
「私、ただ勉強したいだけのに、純粋に勉強したいだけなのに、なぜ?」と思った。

*Y先生は応用昆虫学の先生で、私が文系だから、MSなら指導しても問題ないけど、Ph.Dの指導は困難だと研究科のオ偉いさん方の判断だと聞いているが、Y先生が心変わりしたというのが真実らしい(タイの友人談)。


2013年11月
だけど、ここで諦めるわけにはいかない!!こっちだって軽い気持ちで、進学したいといっているわけではない。
Y先生の元で、直接指導を受けられないならば、農村開発か、農業経済の研究科に入って、間接的にでも指導、またはコメントをもらえるような方法はないかと大学側と交渉を重ねて、

11月後半
「農村開発なら受け入れられます」と返事をもらう。



が、

2013年12月
農村開発の研究科に入学する場合、入学は2014年の8月になります」という衝撃のお返事をいただく。

理由は、2014年より、タイ国内の大学は、他のアジアの国とAcademic Calender(学年歴)を統一することになり、それが決まったのがつい最近で、大学側がその準備(システム等諸々)に追われているため、学年歴変更後最初のセメスターである2014年8月からしか受け入れることはできない。というもの。。。。。


研究員「!!!!!!!なんと!!!!!!タイミング悪すぎ!まぁ、でも、受け入れてもらえるだけ良かったと思おう」


その後も大学と連絡を取り、

12月の半ば
入学許可証は5月に発行されることと、
8月入学だから、7月の半ばには渡航できるよう準備を進めるよう指示を受ける。



よって、当初の予定(2013年11月入学)は既に不可能だし、2014年の7月まで待たなければいけないという状況に
モヤモヤしつつも、「一応留学できるわけだから」と切り替えることにした(気持ちを整理して、それを受け入れるまで時間はかかったけど)

そうこうしている間に、気付けば年末。

無職だし、無所属だし、25歳だし、入学まであと8か月あるし、と悶々としていて突如決意する。

「そうだ!タイ行っちゃお!タイ語勉強すればいいよね~準備準備~」と
ものすごく軽~い感じで決めて、その日のうちに航空券を取る。
(感覚としては、東京遊び行こう~ぐらいの感覚に似ている気がする。だから相当軽い)笑

タイ渡航日が1月17日O時20分に決まり、これまでのモヤモヤが一気に吹き飛んだ感じがした。

2014年編につづく
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プロフィール

研究員Yuki

Author:研究員Yuki
女25歳
昆虫食の社会経済面の研究がしたくて日々奮闘中。

「予定は未定」
人生は予想外の出来事で満ち溢れていると25になって実感している 食用昆虫科学研究会(e-ism)のメンバー。

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