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「内」か「外」か

2014.06.21 00:16|進学関連


おそらく、以前書いたかもしれないし、書いてないかもしれないんだけど、

博士課程に進学をきめた2013年の3月、今は学部・修士の6年間を過ごした母校の卒業間際に、多くの先生方から「このまま残ればいいのに(博士課程にあがればいいのに)」と引き留められたことがある。

でも。私を6年間見てくれた教授は、退職されるので、「私を見てくれる先生はもういない」と感じたのを昨日のように思いだす。



もともとが、国際地域学という、まだ若く、そして認知されていない分野であるという点が、私の心に引っ掛かった。
「このまま、この研究科にいたら、9年環境が変わらないわけだから、箱入り娘的な存在になってしまう」と怖くなって、
何がなんでも博士は「外」に行くべきだと思った。

でも、誤解のないように先に述べると、私は母校が大好き!しょっちゅう遊びに行ってしまうのだ。
母校の大学院の環境は、非常によい。校舎も新しいし、6年もいて、自分で言うのもなんだけど、先生たちとの関係も良好で、ほかの学生たち(先輩や後輩)とも仲が良かったので居心地は、抜群によかった。

母校の先生たちは、それはもう分野の第一線にたつ真のプロで、素敵な知識や経験、そして「コネ」なるものをたくさん持っている。どの先生の授業も、とても興味深いし、なんといっても文・理の境が良い意味であいまいだから、「広く浅く」学ぶことができる。もちろん自分のテーマだけはしっかり「狭く深く」やるんだけど。

抜群に居心地がよかったからこそ、このままでは甘ったれになるし、世界に出て行けるレベルの研究者になるのが難しくなるかもしれないと思った(これは完全に私の気持ちの持ちようなのだけど)。好きだからこそ、離れなければいけないとでもいうのだろうか。

「恋愛でいうところの「本当に好きな人とは結ばれない」とかそういうパターンに当てはまるのかもしれない。
ちょっとちがうか!

もし私が、あのまま母校に残っていたら、博士はすぐStartできて、2年近くまつ必要もなかったわけだ。
27には博士を卒業できたかもしれない。つらい思いもしなかったと思う。

母校の先生たちは、本当に優しい。とっくに卒業しているにも関わらず、タイ滞在時の本当に一番つらいときに相談にのってくれて、「いつでも戻ってきていいんだよ」と優しく言葉をかけてくれて、本当にありがたかった。気持ちが楽になったから。

でも、2年近くまって、「外」である NZで博士課程できることになって、ほっとしている自分がいる。
一時は、つらくて、なんでこんなに理不尽な思いをしなくちゃいけないんだろう?って思ったこともあったけど、これはこれでよかったと思っている節がある。

「試練は、それを越えられる人のみに訪れる」とは、よくいったものだ!もう‼どれだけつらかったと思ってるんだよ(怒)
((注)まだ完全には乗り越えていないのですが、乗り越えた気になっています)

世間一般の人がめったに経験しないような壁にぶち当たったもんだから
結果的に、【世は理不尽だし、世の中不平等だし、他人を信じすぎるのもあんまりよくないし、コネは重要だ】ということが、事実であることが確認できたわけだけども。

おっと、脱線してしまったので、戻す。

上記のだらだら文で、おそらく私の母校に対する「想い」はご理解いただけたと思う。

さて、題名にもある通り、私の中で、常にある種のモヤモヤの一因となっている
「内」か「外」か問題が、頻出している。

そもそも、考えだしたらきりがないとわかっている問題なのだ。
しかし、考えずにはいられないというか、つい考えてしまう。ついね。。。

母校にとどまった場合「内」とそうでない場合「外」のメリット、デメリットを考えてしまうのだ。
どうせ考えたところで、8割方「外」を選ぶし、もう選んでいるんだけど。

優しく声をかけてくれる母校の先生たちの存在もないがしろにはできないという感情が、既に勝負のついた心を揺さぶるのである。

「内」に居続けて、ぬくぬくと博士生活送って、知りたくもない内情やら、感情やら、自分の研究に関係ないところで働いているだろう「チカラ」みたいなものにもみくちゃにされる可能性も無きにしも非ず、な未来と、

「外」で自分のことを、まったく知らない人たちに囲まれて、自分の研究に没頭して、たくさんの「初めて」に囲まれて、毎日新鮮な気持ちで過ごせるかもしれない未来の

どっちを取ることが、「正解」なのかって。
何度となく考えても、難しい。当たり前だけど、立つ立場で答えは180度変わってしまうし、それはどちらも経験しないとわからないんだけど、片方しか経験できないわけで。だから結局「正解」はない。

質問を置き換えてみる
「成長する可能性」だったら、間違いなく「外」に出ることだろうな。
「人生も楽しめるほうは?」だとしても、やっぱり「外」に出ることだろうな。
で、その他いろいろ考えても、やっぱり軍配が「外」に上がる。

「外ばっかだな」と、この一択に偏っている理由は何だろう?と考える。
そしてハッとする。そこには明確な理由があるということを。

「自分の好奇心やら野心の強さを意識してなかった」というのが適切かはわからないけど。一番しっくりくる表現。

大学院時代から、私の出会う人は、好奇心が強かったり、野心を抱いている人が多いのだ。
そういう人に会うたびに圧倒されて「自分なんぞ、まだまだひよっこだな!」と自己嫌悪的な感情にさいなまれ、そんなすごい人たちに出会えば、出会うほど「好奇心の強さ」を図る計器が狂っていったのかもしれない。人のをそれを図るばっかりで、自分のを図り忘れていたようだ。

あぁ~そういえば、すきあらば国外逃亡を図るくらい「出たがり」だった私である。
好奇心がなかったら、タイの国内線で移動できる距離を、一人で長距離バスで移動なんてしないのかもしれない。visaきれそうだし、ちょいと隣国ラオスにいっちゃおうかな~とかも思わないのかもしれない、など、自分の好奇心の強さを再認識できたことで、疑問は解消されたわけだ。

やっぱり、どう考えても「外」だ!と。

なんてまとまりがない文だろう。
答えがでていないのに。。。まあいいや。 

終わります。


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プロフィール

研究員Yuki

Author:研究員Yuki
女25歳
昆虫食の社会経済面の研究がしたくて日々奮闘中。

「予定は未定」
人生は予想外の出来事で満ち溢れていると25になって実感している 食用昆虫科学研究会(e-ism)のメンバー。

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