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2014.03.19 17:22|Thailand☆
3月12日から、3月19日まで、タイに来てから一番忙しい1週間過ごしてます

12日
コンケンから片道4時間半かけて隣国ラオスはビエンチャン

13日
大学

14日日付変わってすぐに夜行バスでバンコク
早朝6時にバンコクついて、宿で10時まで休んで(店もあいてないしね)
サイアームで買い物→プロムポンのマッサージ店へ 90分のオイルフットマッサージ
16時から大学のバンコクオフィスで会議して、18時から会食

15日 午前2時に宿に戻って
夕方4時のバスでコンケンへ、22時にコンケン着

16日
午後から学校へ行き

17日
朝3時起きで、バンで5時間半かけて、カンボジア国境のSi Saket県へコオロギ養殖のプロモーション
10時に会場ついて、14時にセミナー終了。 19時にコンケン戻る

18日学校

19日
コンケンから車で1時間半かけて隣の件まで養殖農家訪問
14時に大学に戻って、今に至る。

本当に疲れた。

移動しすぎじゃない?

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2014.03.11 13:47|進学関連

研究員は2013年3月に修士号を取得
昆虫食で研究科の最優秀賞をいただき、博士課程への進学を打診されたのだが、


6年間、喧嘩しながらも、温かく見守ってくれていた先生がご退職される

どうせPh.Dとるなら、海外がいいな~と

①英語もうまくなりたいし(話すほうでも、書くほうでも)、きっと日本にいたらうまくならないだろう!と
*学部時代の半年間の留学経験により、国外で学んだほうが上達が早いと実感したため。

②フィールドはアジア中心なんだから、現地にいたほうが何かと便利じゃない!と
*現地の動きに即座に対応できるって絶対必要だと思う。農家さんとのコネクションや、企業とのコネクションもできるし、

③長期留学をしてみたいと思っていたし(目論んでいた←これが最も的確な表現だと思う)、それができるのは、この機を逃して他にない。と私の直感が告げた!

上記の理由から、
学部、修士課程でお世話になった母校から離れる決心をしたわけです。


しかし、その後が(今もだけど)ハプニングの連続で、文系の私が

学問として確立しているといえない「昆虫食関連」の分野で、研究続けることの厳しさを
突きつけられる日々が続くわけです。



以下簡単な経緯


2013年2月
卒業決定し、都内から実家(茨城)に引っ越しをすませ、


タイへ渡航。Khon Kaen 大学の某Y先生にPH.Dで面倒見てください!ぜひ先生の基で勉強させてくださいと、直談判しに行く。Y先生は快くOK。

研究員「うわ~簡単に決まっちゃった!受け入れてもらえるなんて!よかった~!!!」

先生との話し合いで、入学は第二セメスター(タイでは11月はじまり)ということになり、それまではバイトでもして学費稼ごう!ということになる。


2013年3月
進路も決まった!ので心置きなく修了式を迎える。
バイト先は、母校の先生の紹介でつくば市内の研究所に勤務できることに。

2013年5月
研究所バイト開始。自分の研究と全く関係のない部署。むしろ文系の私では到底理解できない内容を研究している部署で、英文資料を日本語に翻訳する作業と、膨大な文献の整理が私の仕事となる。

Application:必要な書類を申請を始める。2人の先生に推薦書をお願いする。


2013年7月
バイトにようやく慣れる。
Application:2通必要な推薦書のうち1通しか届かない(もう一人の先生が忙しさのあまり、完全に忘れていたというハプニング)

2013年8月後半
Application:再三の請求で、推薦書が揃う。

2013年9月
Application:ようやく送付完了。大学から「願書届きました、これから審査します」と連絡

2013年10月
バイト終了。
Application:大学から「会議で、学部長がY先生のもとで勉強することにNGを出した」と連絡がくる。
研究員「はぁ?何で?Y先生受け入れてくれるって言ったのに?」

絶望に打ちひしがれる。1週間落ち込んだ。
今だから言えるけど、3日間ぐらい悔しくて泣いた。NGを出された理由に納得いかなくて、悔しくて仕方なかった。
「私、ただ勉強したいだけのに、純粋に勉強したいだけなのに、なぜ?」と思った。

*Y先生は応用昆虫学の先生で、私が文系だから、MSなら指導しても問題ないけど、Ph.Dの指導は困難だと研究科のオ偉いさん方の判断だと聞いているが、Y先生が心変わりしたというのが真実らしい(タイの友人談)。


2013年11月
だけど、ここで諦めるわけにはいかない!!こっちだって軽い気持ちで、進学したいといっているわけではない。
Y先生の元で、直接指導を受けられないならば、農村開発か、農業経済の研究科に入って、間接的にでも指導、またはコメントをもらえるような方法はないかと大学側と交渉を重ねて、

11月後半
「農村開発なら受け入れられます」と返事をもらう。



が、

2013年12月
農村開発の研究科に入学する場合、入学は2014年の8月になります」という衝撃のお返事をいただく。

理由は、2014年より、タイ国内の大学は、他のアジアの国とAcademic Calender(学年歴)を統一することになり、それが決まったのがつい最近で、大学側がその準備(システム等諸々)に追われているため、学年歴変更後最初のセメスターである2014年8月からしか受け入れることはできない。というもの。。。。。


研究員「!!!!!!!なんと!!!!!!タイミング悪すぎ!まぁ、でも、受け入れてもらえるだけ良かったと思おう」


その後も大学と連絡を取り、

12月の半ば
入学許可証は5月に発行されることと、
8月入学だから、7月の半ばには渡航できるよう準備を進めるよう指示を受ける。



よって、当初の予定(2013年11月入学)は既に不可能だし、2014年の7月まで待たなければいけないという状況に
モヤモヤしつつも、「一応留学できるわけだから」と切り替えることにした(気持ちを整理して、それを受け入れるまで時間はかかったけど)

そうこうしている間に、気付けば年末。

無職だし、無所属だし、25歳だし、入学まであと8か月あるし、と悶々としていて突如決意する。

「そうだ!タイ行っちゃお!タイ語勉強すればいいよね~準備準備~」と
ものすごく軽~い感じで決めて、その日のうちに航空券を取る。
(感覚としては、東京遊び行こう~ぐらいの感覚に似ている気がする。だから相当軽い)笑

タイ渡航日が1月17日O時20分に決まり、これまでのモヤモヤが一気に吹き飛んだ感じがした。

2014年編につづく
2014.03.07 12:38|進学関連
研究員、New Zealand への出願書類の制作に追われています。

日本の場合の博士出願とかよくわかんないけど、
おそらく、大学の出願フォーマット埋めて、
「こんなことやりたいんです」っていう簡単な研究企画書入れて
提出するだけだと思うんだけど、


研究員の出願する大学は

大学のフォーマット埋める
+付属品(CV(履歴書みたいなやつ)+研究に対する意気込み(自分の性格や能力を含めて))がある。

ただいま、この「付属品」に苦戦中。。。



研究員は、思っていることは、結構ズバズバ言えるくせに

自己PRが本当に大の苦手。研究員のことを知っている友人たちはあまり信じてはくれないが。
本当に苦手。

学部3年で4社だけした就活。

そのときに自覚した「自己PRって難しくない?」
謙遜とかではない。

嘘でもいいから!っていうが、

「うまいこと書いて、相手をだませても、いずれバレるよね?だったら、嘘はつくべきではないのでは?
○○できますっていってもさ、一体、誰と比べて?」というスタンスなので、
たぶん、こう思っているうちは、

「ちょっと納得いかないけど、書かなききゃいけないし、ゴニョ ゴニョ ゴニョ。。。。。」

憂鬱。研究、勉強の前に立ちはだかる壁。

たった2枚だと思って、書こう、書こう、そうしよう。



2014.03.06 17:03|Thailand☆
 
お伝えしていませんでしたが、

研究員は現在タイ国東北部の都市 Khon Kaen にある Khon Kaen大学(以下KKU)に滞在しています。

ちなみに居候先の友人宅も学内にあるので、
Khon Keanに滞在している期間の大半を学内で過ごしています。

正式には、department of entomology, Faculty of Agriculture, Khon Kaen Universityに滞在してます。

修士で昆虫食の研究を始めた2011年から毎年1回はここに来ています。


そして、今日、2012年に修士論文のための質的調査で通訳をしてくれたラオス人の子に再会することができました。


彼は当時KKUのMasterの学生で、タイ語と英語が堪能ということで、通訳をかって出てくれたのです。
そんな彼は、去年KKUを卒業し、現在鳥取大学の博士課程に在籍しています。

彼と研究員は、かなえたい夢が似ていることもあり、ことあるごとに連絡を取り合い、
お互いに励ましあってきました。

その彼から、2週間前に連絡があり、TA(Teaching Assistant)として、
彼の指導教官と、学部生⒖人とともに先週からKKUに滞在しているよ~、と連絡を受け、

「ご飯行きたいね~いろいろ話したいね~」と連絡を取り合うもなかなか実現せず。

しかし、今日ついに会うことができました。


彼が食べたいといっていたソムタム(パパイヤサラダ)とガイヤーン(タイ風焼き鳥)を食べながら、

お互いの近況報告をし、私の進学の件、彼の博士課程

彼は日本で博士課程
私はこれからNZで博士課程に進学しようとしている

行ったことの無い国に行くのは、そこで学ぶっていうのは覚悟がいるよね~
不安もたくさんあるし、行ってみなきゃわからないこともたくさんあるしね~
母国でない、異国で研究するのって大変!!!でも絶対いい経験になるよね! という結論に。


国籍は違えど、同じ目標を持ち、住む国も違えど、同じような境遇で励ましあえる友達の存在は、本当に大きい。
研究や生活の不安をぶつけられる数少ない相手、本当に貴重な存在。

彼の話を聞いて、研究員も、もっともっともーーーーーっと頑張らないといけないんだな~!と思いました。


とりあえず、とっとと手続済ませよう!









2014.03.05 13:05|Thailand☆
タイに来て一か月半

季節というか、気温が著しく上昇してます。

1月の半ばにKhon Kaenに来た時は、15~17℃に日が2週間ほど続いていて、
そのときの宿(1泊400バーツ:ダブルベッド:机、椅子、テレビ、エアコン、温水シャワー完備)で、
日本から持参したパーカーをきて、レギンスをはいて寝ても肌寒くて、
大家さんにかけ布団を付属品のほかにもう1枚貸してもらって寝ていたのですが、

その「冬」が終わると、一気に10℃上がって、25~27℃の日々が2週間つづき、
過ごしやすいね~なんて友達と談笑していたのもつかの間。

先週から、さらに10℃上がって、現在の週平均気温は35~37℃の日々。

暑いです。


「タイは暑いもの」と覚悟してきたんだけど、でもやっぱり暑い。


昼間は暑いので、昼食時以外は大学の研究室でクーラーつけて涼み、
夜は健康的に扇風機をつけて睡眠してます。

夜の気温は23時を過ぎてようやく27,28度。
日をまたいで明け方かけて24,23℃まで気温が下がります。

Khon keanはタイの中では比較的湿度の低い地域なので、
日中はカラッとした暑さ(日差しが痛い)

夜も風通しさえ確保できれば安眠できます。(私がどこでも寝られるからかもしれませんが)
日本のように「熱帯夜で寝苦しい」ということはないです。

実は1か月ほど前から友人宅に居候しているのですが、
この友人宅にクーラーはありません。

でも大丈夫!
タイのアパートは、各部屋の1面がすべて窓になっているんです。

窓といってもブラインドみたいな窓で、開き具合を調節できるようになっています。
そして窓の内側(部屋側)には網戸が設置されていて、蚊の侵入を防いでくれます。

また、屋根も大きいので、日中を通して、日蔭の状態がkeepされています。
なので結構、すずしい!

加えて、就寝前にスイカを食べて、体温下げたり
水シャワー浴びたりすれば、完璧に爆睡できます。

暑いからといって、クーラーばかりに頼っていると、室温と外気の気温差に体がついていけず、
疲れやすくなってしまい、体調を崩してしまいます。

健康的に暑さをしのぐためには、やはり現地の人の行動をお手本にするのが1番です。

郷に従ってみるといろいろわかりますね~。

2014.03.03 18:57|About 研究員
虫への認識

研究員は、国内外問わず、よくハーフに間違えられ、日本人と言い当てられることは少ないのだが、
茨城生まれの茨城育ち。
朝食には納豆を欠かさない
生粋の茨城県民 である。


生まれた時から高校を卒業するまで豊かな自然に囲まれ育ってきた。
専業農家ではないが、畑に、田んぼ、果物畑のある家で育ち、幼少期には父につれられ、よく畑に行ったものだ。

特に幼少期は弟と畑やそのまわりを探検していた。ザリガニをとり、かえるをとり、虫を捕まえた。
しかし、成長するにつれ、この「自然探検」をする機会がめっきりなくなってしまい、畑にいくのは父の手伝いをするときのみになってしまった。

「虫」に接する機会も、築70年を超える実家に出没する 黒光りG ことゴキブリや、
夏に出没する  程度になってしまっていた。
しかし、日々これらの虫たちとの戦いを繰り広げてきたためか、「虫」がそこまで苦手ではない。

同年代女子に見られる「キャーーーーーーーーーっ!!!G!!!!」 という巷でおなじみの ”かわいげある”反応に首をかしげてしまう。

研究員の心の声「その反応Overすぎじゃない( ゚Д゚)?」

まあそんなこんなで、虫は嫌いではない

が、しかーし、ゴキブリや蚊(時に戦闘を迫られる虫)と芋虫系以外の「飛ぶ昆虫」の生体を触れないのである。

理由は、いつなんどき、どの方向に飛ぶかわからないから。
特にセミには恐怖心を抱いているため触れないのである。

では、なぜこんな私が昆虫食の研究をしようと思ったのか。。。。。

理由はいたって単純。。。

 食べてみたらすっごく美味しかった( *´艸`)

                                                    から!!!!







2014.03.03 16:26|About 研究員
初めまして! 研究員Yukiです。

昆虫食の研究をしている女25歳

簡単な経歴

2011年 食用昆虫科学研究会(e-ism)入会。入会当時は紅一点だった。

2013年、3月都内の某私立大学の修士課程修了。
「昆虫食文化と生物多様性の保全に関する研究」で研究科最優秀論文賞を受賞。

2011~2013年 科学未来館「サイエンスアゴラ」に出展。
    2013年 サイエンスアゴラ賞を受賞。  

2014年1月中旬から タイへ~現在に至る。  

2014年の夏からNew Zealandの某大学に進学予定(所属)。フィールドはタイ国。


研究テーマは「タイのコオロギ養殖の社会、経済的な側面全般」といったところです。

タイの養殖農家ってどんなかんじなの?
なんのために養殖してるの?
美味しいの?どんな料理があるの?.......などなど紹介できる範囲で紹介していきます。


現在タイに滞在中。

昆虫食という確立されてない分野で、博士課程に進学するって大変!本当いろいろあります。

修士を卒業したけれど受け入れ先が決まるまで、右往左往というか、紆余曲折な日々。
その過程や、そのとき感じたことをしたためて行きたいと思います。


また、海外での生活や、体験したこと、出来事等をご紹介がてら、書いていきたいと思います!
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プロフィール

研究員Yuki

Author:研究員Yuki
女25歳
昆虫食の社会経済面の研究がしたくて日々奮闘中。

「予定は未定」
人生は予想外の出来事で満ち溢れていると25になって実感している 食用昆虫科学研究会(e-ism)のメンバー。

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