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2014.07.08 23:25|進学関連
先週の金曜に、VISA申請してきました。
NZの場合、大使館には行く必要がなくて、VISA申請センターというものがありまして、そこでVISAの申請ができるようになっています。

センターはの住所が東新橋なので、新橋でおりて、ふらふら歩けばなんとか見つけることができるだろうと。たかをくくっていたわけです。

当日も家を出る前にネットで、地図もしっかり確認したし、私の記憶力は抜群だし(苦笑)、とりあえず、どうにかなると思っていたわけなのですが、

よくよく考えたら、ゆりかもめの汐留駅の近く。でも歩けない距離ではないし、たった一駅のゆりかもめに乗るなんて、アホだなと、思ったので、意地でもあるってたろ!と思い、新橋駅から汐留に向かって、てくてく歩いたわけです。

田舎者、てくてく歩く。テレビ局の前を通過し、

というか、汐留駅前にあるテレビ局って日テレ?(研究員はテレビはニュースか、映画しかみず、しかもチャンネルとか、全然わかってない人です)

汐留駅で、不安になって駅員さんに尋ねる。手にはセンターの住所をかいたメモを握りしめて。
駅員さんは、市民の味方、すごく親切に教えてくれました。さすがです。

汐留駅の真ん前には共同通信社のビルがあって、タイで取材に同行させてもらったことがあったので、(正確にはタイの昆虫食の事情みたいなものを、私がさらっと記者の方たちに説明した程度なのだけど)、そういうちょっとばかりの「縁」が、一気にどーーーーーっと心の片隅に触れて、「わ~ここがもらった名刺に書いてあったトコロだ!!!」とテンションが上がってしまいまた。なんて簡単なのだろう!!

その共同通信のビルの前を通りすぎて、JRの線路の下をくぐって、競馬の会社(JRA?JAR?←こういうのもよくわかってないw)のななめ前のファミマが1Fにあるビルに申請センターが入っています。ビルの名前がわかりにくいことがある種の特徴かもしれません。

ようやく到着。
申請センターに入る前に、厳重な荷物と身体検査があって、
「おいおい、これちょっと厳重過ぎない?」って少々ビビりました。不安になりました。

研究員は、これまで、フィリピン大使館でしかVISAを申請したことがなくて、過去の申請で手荷物検査も、身体検査をなかったので、この欧州式といえばいいのか、英国式といえばいいのか、とりあえず、そんな感じの洗礼を受けた気がしました。お国柄なのでしょうか?

NZのVISA申請は、イギリスのVISA申請センター同じ敷地内でできます。申請カウンターの数と、その位置を見る限り、NZが間借りさせてもらっている感が半端ないのですがね。

荷物、身体検査をうけて、警備のわきにあるドアを開けると、真正面に「UK VISA」と書かれたカウンターが、ドーンとあって、4つに区切られていました。

「NZ VISA」のカウンターは、部屋の片隅にポツンと一か所のみで、完全に死角の位置にあるもんだから、最初わからなくて、『え?あたしもしや、間違ってる?くるとこ間違ってる?ちゃんとあるNZ?えー?』というようにそわそわして、ちゃんと番号が呼ばれるまで、非常に不安でした。

イギリスの申請カウンターの目の前の椅子に座っていて、1カウンターあたり、10分程度で、申請が片付いていく様を観察していた私。

既にイギリスサイドでは12人ほどが申請を済ませた模様。1カウンター×3人×4か所の計算です。
よって、30分以上は待ちましたね。待っている間に、NZサイドには、際立った動きはありませんでした。
しいて言えば、私の次に待っている人が、某旅行代理店の方で、代理申請で6人分くらいいのパスポートを持っていたのですが、顔なじみらしい職員に口利きをして、書類一式を職員に預けていきました。渡された書類たちは、カウンターを経由することなく、【STAFF ONLY】ゾーンへと吸い込まれていったわけです。

その一部始終をみて、「ちぇ、茨城からわざわざ出てきて、ここまでようやくたどり着いたのに、自分より後から来た人に抜かされるなんて、世の中不公平だ!」ってちょっとイラッとしたのはいうまでもありませんん。彼らは申請待ちの時間にだって、しっかりお給料が発生していることでしょう。でも、旅行代理店の人以外の申請者は、申請の時間、お給料はでないですよね?普通に考えて。

だから、彼らは、自分の番がくるまで、ちゃんと待つべきではないだろうか?
だれだって、時間を有効に使いたい気持ちは同じなのだから。正々堂々と待つべきだ。

と、待ちながら世の中を悲観しているうちに、番号が呼ばれて申請が開始されました。
必要書類をチェックして、パスポートを渡して。。。

係員のおねーさん「はい、ではこれで申請を承りました、パスポートをお返しします」
研究員「え?パスポート返してくれるんですか?いいんですか?」
係員のおねーさん「はい、日本国籍の方はE-VISAになりますのでそちらをダウンロードして、印刷して、入国時にパスポートと一緒にご提示ください」
研究員「・・・はい。(もはや、うなずくしかない)」

前述のように、以前VISAを申請した2008年から、私のVISAの歴史は止まっていた。
VISAって、パスポートのまるまる1ページに透明なシールでピシッ!と張られているイメージが強くて、むしろそれでこそVISA!!!みたいな感覚があるから、違和感がとどまるところを知らない。

私の頭の中で繰り返される『E-VISAってなんだ?時代はいつの間に変わったんだ?』

この6年間の『VISAの進化』みたいなものに対応しきれない自分がそこにはいて、返されたパスポートをまじまじと見つめては、「わたしVIS申請したんだよね?大丈夫だよね?」と不安になっていた。申請センターを出た後も、しばらくの間なんかそわそわしてしまいました。

NZのVISAは日本で申請を受け付けた後、上海の移民局に送られて、そこで審査されて、正式にVISAが発行されるらしいです。もう、情報量がありすぎて(というか、いろいろ驚きすぎて)、いうなれば、プチ浦島太郎状態になってました。

私の申請の審査がすんなり通れば、今週の金曜にはVISAがもらえるみたいです。
スムーズに行くことを願うばかりですね~

旅立ちまで、残り2週間。
実感が、わかない!こまった、こまった。

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2014.07.02 23:09|進学関連
さて、

入学許可でで、学費も支払ったので、ようやくVISA申請ができる段階になりました。

学費は、生活費抜きで90万程度
これにホームステイするなら、ひと月10万かける3ヶ月分で計30万をプラスで払い込むことになる。

90万の中には、学費と保険とVISAと最低限必要な生活費と、手数料とかが含まれている。

わたしはホームステイではなくて、寮かflatを借りたいから、30万は払い込まなかったけど、結局必要になりそう。

うちは、祖母がスポンサー
本当にありがたい!恵まれております!

しかし、VISAとかの申請書類系に慣れていないから、英語が難しい。

病歴の項目で、肺炎ですか?人工透析うけてますか?介護が必要ですか?とかね。。。

ききなれない英語を電子辞書で調べながら、申請書類を埋めていくのだけど。
何回も首を傾げながら向き合うわけですよ。どうしても分からなければ、VISA申請センターに電話で問合せ!
親切に教えてくれますよ!

ニュージーランドは、VISA申請に、胸部レントゲンを要求させる場合があるから、それに該当しないことを確認してもらいました。出せって言われてもすぐ出せないしね。

大学入学時の申請時は、きっとレントゲンが必要になるんだろうけど、今回は、3ヶ月だけの語学学校だから、いらないみたい。

漏れがないようにしないとねー
あと3週間ないし、はよ終わらせたいものだ!
2014.06.21 00:16|進学関連


おそらく、以前書いたかもしれないし、書いてないかもしれないんだけど、

博士課程に進学をきめた2013年の3月、今は学部・修士の6年間を過ごした母校の卒業間際に、多くの先生方から「このまま残ればいいのに(博士課程にあがればいいのに)」と引き留められたことがある。

でも。私を6年間見てくれた教授は、退職されるので、「私を見てくれる先生はもういない」と感じたのを昨日のように思いだす。



もともとが、国際地域学という、まだ若く、そして認知されていない分野であるという点が、私の心に引っ掛かった。
「このまま、この研究科にいたら、9年環境が変わらないわけだから、箱入り娘的な存在になってしまう」と怖くなって、
何がなんでも博士は「外」に行くべきだと思った。

でも、誤解のないように先に述べると、私は母校が大好き!しょっちゅう遊びに行ってしまうのだ。
母校の大学院の環境は、非常によい。校舎も新しいし、6年もいて、自分で言うのもなんだけど、先生たちとの関係も良好で、ほかの学生たち(先輩や後輩)とも仲が良かったので居心地は、抜群によかった。

母校の先生たちは、それはもう分野の第一線にたつ真のプロで、素敵な知識や経験、そして「コネ」なるものをたくさん持っている。どの先生の授業も、とても興味深いし、なんといっても文・理の境が良い意味であいまいだから、「広く浅く」学ぶことができる。もちろん自分のテーマだけはしっかり「狭く深く」やるんだけど。

抜群に居心地がよかったからこそ、このままでは甘ったれになるし、世界に出て行けるレベルの研究者になるのが難しくなるかもしれないと思った(これは完全に私の気持ちの持ちようなのだけど)。好きだからこそ、離れなければいけないとでもいうのだろうか。

「恋愛でいうところの「本当に好きな人とは結ばれない」とかそういうパターンに当てはまるのかもしれない。
ちょっとちがうか!

もし私が、あのまま母校に残っていたら、博士はすぐStartできて、2年近くまつ必要もなかったわけだ。
27には博士を卒業できたかもしれない。つらい思いもしなかったと思う。

母校の先生たちは、本当に優しい。とっくに卒業しているにも関わらず、タイ滞在時の本当に一番つらいときに相談にのってくれて、「いつでも戻ってきていいんだよ」と優しく言葉をかけてくれて、本当にありがたかった。気持ちが楽になったから。

でも、2年近くまって、「外」である NZで博士課程できることになって、ほっとしている自分がいる。
一時は、つらくて、なんでこんなに理不尽な思いをしなくちゃいけないんだろう?って思ったこともあったけど、これはこれでよかったと思っている節がある。

「試練は、それを越えられる人のみに訪れる」とは、よくいったものだ!もう‼どれだけつらかったと思ってるんだよ(怒)
((注)まだ完全には乗り越えていないのですが、乗り越えた気になっています)

世間一般の人がめったに経験しないような壁にぶち当たったもんだから
結果的に、【世は理不尽だし、世の中不平等だし、他人を信じすぎるのもあんまりよくないし、コネは重要だ】ということが、事実であることが確認できたわけだけども。

おっと、脱線してしまったので、戻す。

上記のだらだら文で、おそらく私の母校に対する「想い」はご理解いただけたと思う。

さて、題名にもある通り、私の中で、常にある種のモヤモヤの一因となっている
「内」か「外」か問題が、頻出している。

そもそも、考えだしたらきりがないとわかっている問題なのだ。
しかし、考えずにはいられないというか、つい考えてしまう。ついね。。。

母校にとどまった場合「内」とそうでない場合「外」のメリット、デメリットを考えてしまうのだ。
どうせ考えたところで、8割方「外」を選ぶし、もう選んでいるんだけど。

優しく声をかけてくれる母校の先生たちの存在もないがしろにはできないという感情が、既に勝負のついた心を揺さぶるのである。

「内」に居続けて、ぬくぬくと博士生活送って、知りたくもない内情やら、感情やら、自分の研究に関係ないところで働いているだろう「チカラ」みたいなものにもみくちゃにされる可能性も無きにしも非ず、な未来と、

「外」で自分のことを、まったく知らない人たちに囲まれて、自分の研究に没頭して、たくさんの「初めて」に囲まれて、毎日新鮮な気持ちで過ごせるかもしれない未来の

どっちを取ることが、「正解」なのかって。
何度となく考えても、難しい。当たり前だけど、立つ立場で答えは180度変わってしまうし、それはどちらも経験しないとわからないんだけど、片方しか経験できないわけで。だから結局「正解」はない。

質問を置き換えてみる
「成長する可能性」だったら、間違いなく「外」に出ることだろうな。
「人生も楽しめるほうは?」だとしても、やっぱり「外」に出ることだろうな。
で、その他いろいろ考えても、やっぱり軍配が「外」に上がる。

「外ばっかだな」と、この一択に偏っている理由は何だろう?と考える。
そしてハッとする。そこには明確な理由があるということを。

「自分の好奇心やら野心の強さを意識してなかった」というのが適切かはわからないけど。一番しっくりくる表現。

大学院時代から、私の出会う人は、好奇心が強かったり、野心を抱いている人が多いのだ。
そういう人に会うたびに圧倒されて「自分なんぞ、まだまだひよっこだな!」と自己嫌悪的な感情にさいなまれ、そんなすごい人たちに出会えば、出会うほど「好奇心の強さ」を図る計器が狂っていったのかもしれない。人のをそれを図るばっかりで、自分のを図り忘れていたようだ。

あぁ~そういえば、すきあらば国外逃亡を図るくらい「出たがり」だった私である。
好奇心がなかったら、タイの国内線で移動できる距離を、一人で長距離バスで移動なんてしないのかもしれない。visaきれそうだし、ちょいと隣国ラオスにいっちゃおうかな~とかも思わないのかもしれない、など、自分の好奇心の強さを再認識できたことで、疑問は解消されたわけだ。

やっぱり、どう考えても「外」だ!と。

なんてまとまりがない文だろう。
答えがでていないのに。。。まあいいや。 

終わります。


2014.06.18 23:06|進学関連
はてさて、1か月もブログ放置していました。

その間、今後進学したらできないであろう、好きなことをしまくっていました。
ありきたりといえば、それまでですが、映画をたくさん見ました。

毎日1本、映画か、ドラマを見てました。ハリウッド映画が多いのですが、堂々と日本語字幕をつけて鑑賞しました。
国外にでると、現地の字幕だし、英語字幕でも表現がいまいちパッと来ない時もあるので、日本語字幕に甘えて、映画を見れることにちょっとした喜びを感じるわけです。

本題に入りましょう。

わたくしめは、NZの某国立大学からConditional offerをいただきまして、正式な入学が2015年の2月(第一セメスター)からの博士課程をStratすることができることとなりました。

そのまえに大学側から求められている英語のスコアを提出することが条件ですが。

会う人あう人、というか私が英語で外国の方と話している場面に遭遇したことのある方は、
私が英語をペラペラに話せると思ってしまうそうなのですが、実はそんなことはなく、ただ単に発音が良いだけで、
逆を言えば、発音が一般の日本人に比べてよいというだけで、英語がきれいに聞こえてしまうわけです。
あたかもペラペラに聞こえるんだそうです。

でーーーーもーーーーとうの本人は、実際ヒヤヒヤしていますし(ただ文法は気にしていない)、相手に「Pardon?」とか言われたら、もう焦りまくりでテンパりすとになっているわけです。

発音がよいということには、ある程度の自負があるので、否定しません。

しかし、私は文法が大の苦手なのです。イデオムとか、その類の学習が嫌いすぎて、大学の入試は、国語と世界史のみでPASSしたといっても過言ではないくらい、英語が嫌いでした。国際系を希望しているにも関わらず、何が何でも必要になる英語という科目を真剣に学ばなかった、切り捨てたわけです。「英語は大学に入ってからやればいい」と、たかをくくっていて、その気持ちをずるずると引きずったまま、今まできてしまったわけです。

海外で調査やら、研究をしているうちに身につくと思っていた英語力。
一応、上達はしてるんだそうです。大学時代の(私の最低な英語力をしる)カナダ人の先生からは、「本当に上手になったね」と言っていただけているので。

がしかし、がしかしですよ。。。上達しているのは英会話力で、苦手な文法力は上達していません。
それもこれも、やっぱり英語で文を書かないから、上達なんてするはずがないんですけど。

で、会話力だけではなくて、英語の全般を、鍛えぬく必要が絶対的にあると。
どっち道、NZの大学に進学するんだから、入学前に大学付属の語学学校通って、英語の学術的な特訓を受けて、来るNZとタイでの博士生活に備えようと思い立ったわけです。

英語で論文よめるけど、論文には読み方というものがあるらしいです。
修士の時、そういうような指導を受けたことがないし、方法論だって学んでないので、ほぼ独学でやってきているわけです。だから、中途半端な博士になることを、未然に防ぐという意味合いも込めて、3か月の集中特訓を受けることが好ましいと判断しました。

必ず、今後の人生に役立つと信じて。。。。

語学学校の入学は7月28日であと一か月弱しかないわけです。自分で決めたのですが、ちょと急でした。
お金を振り込んで、アパートの手続して、航空券とって、ビザとって、準備して。。。etc
はたして、間に合うのか。。。
間に合わせるしか選択肢がないんだけど。。。一応危惧してみます。

たった3か月なんですけどね、なにしろいったことがない国で、行くことになると予想もしていなかった国なので、
ちょびっと不安だったりしますが、やっぱり楽しみ!という気持ちが強いのもまた事実です。

NZ行けば、難民状態の私を受け入れてくれた先生と初めてお会いすることになるし(メールでしか連絡したことがないので)進学にかかわる手続の問い合わせでお世話になった学務スタッフの方に直接お礼も言えるし(しつこくメールしたので)。やはり、お礼は顔を見て伝えなければいけないと思っていたので、ようやく実現できる!という安心感に似たものを感じますね。

現地に行ったら、行ったで、きっと素敵な出会いがたくさんあるはず!
とっとと手続終わらせて、「楽しみ!」という気持ちに浸りたい!

ということで、7月の22~25日の間に日本を離れ、一路NZに向かいます!
2014.05.11 23:11|進学関連
研究モヤモヤ病  絶賛発令中


最近、根本を考えてしまうことが多い。

開発学を学んだ私が、わざわざ経済学の博士号を取る意味はいったいなにか?

昆虫食に関して、研究してみたいことはたくさんある。
経済面も、間違いなくその中の一つで、非常に重要な部分。

そして、社会学面の調査もやりたい。こっちが私のお家芸的というか、本職的な位置づけなんだけど。


やっといて損はないとは、まさにこういうことなのかもしれない。

しかしながら、「やっといて損はない」と100%言い切れないし、懐疑的になっても仕方ない。

このままだと、すべてにおいて中途半端になってしまいそうな気がする。

特定の分野のプロフェッショナルを目指して進学するというのに、
そうなれる自信が今一つない。

そうなりたいと願う意思があるにも関わらずだ。


たぶん、ただ単に怖気づいているんだと思う。

やり始めれば、楽しくて仕方ない調査や、
研究が100%自分だけのオリジナリティーの上に成り立つとは、思ってはいないけれど、
うまくは言えないけれど、博士まで取るわけだから、七割五分以上は自分のオリジナリティーで勝負したいけど、
それを守り通せるだけの力が自分にあるのだろうか?と

はたして、やり切れるのか?乗り越えられるのか?と不安で仕方ない。

海外での生活になれることができるか?なんて、よくいわれるけど、そんなことは大した問題ではない。
不本意であっても郷に入ったら、郷に従わざるを得ないのだから。
郷に従えないというのは、ただの甘ったれのいうことだ。
だから、問題は生活なんかではない。学業である。

価値があると、信じて進もうとしている道が、本当に自分にとって価値があるかどうかなんて誰にもわからない。
現時点では、引き返さないと決めていても、引き返せないとわかっていても引き返したくなることも今後あるだろう。
人生何があるかわからないから。

というように、モヤモヤしている。
これからの研究生活を考えない日はない。
私はこの感情をマリッジ・ブルーならぬ、ドクター・ブルーと名づけた。

そもそも、進学のみで、1年もごたごたしてる&問題も多発したので、「指導者」というものへの信頼が損なわれつつあるのが一番の問題だとおもう。

今後どうなるかは、自分でもわからないが、


日本にいる間は、「嵐の前の静けさ」を存分に味わうとする。


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プロフィール

研究員Yuki

Author:研究員Yuki
女25歳
昆虫食の社会経済面の研究がしたくて日々奮闘中。

「予定は未定」
人生は予想外の出来事で満ち溢れていると25になって実感している 食用昆虫科学研究会(e-ism)のメンバー。

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